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鳥居 (torimaze) on Twitter

Feb 14

 絵を初めた人が「ものの見方が違ってきたわ!」と言い、日常生活の中で、ものを見る見方と、表現するための見方とは違うんだということに、何となく気が付いた頃から、描くことが喜びや楽しみから、苦労や苦痛に変わり始めるのです。

 眼の方は、腕が上がるスピードよりも早く、より上を求めるようになり、描いても描いてもちっとも満足しないというジレンマに陥る時期が、誰にでもあります。
 ここを通り越せるか否かが、絵が持っている魅力に近づけるかどうかの第一関門なのです(何にでも共通することだと思うのですが・・・)。

 筆を持つのが苦痛に感じている自分の中に、画面に向かうことを促し、人を苦しめることが喜びであるサド候爵的性格のもう一人の自分をしっかり育てることが、表現する者にはとても大切なことなのです。
 描き続ける中で、苦しみが再び楽しみに変わるという瞬間に出会える権利を侯爵は与えてくれるのです。

 ただ描いてるだけでいいかというとそうではありませんし、新しい発見がなければ、扉は開きません。
 自分は何を描こうとしているのか? 何を描きたいのか? 本当に描きたいのか? ということを考えながら描き続けなければならないのです。
 描きたいもの、描かなければならないもの、描き続ける必然性を、サド侯爵との形と色を使った問答で見つけ出さなければならないのです。

 いじめられながら、描くこと=苦しむことを続けていると、描くこと=喜びと感じられる時が、必ずやって来ます。
 自分の中のサド的な性格にいじめられ、苦しむことが楽しいことに感じられるという、マゾ的な性格にも変わっていくんです(?)。
 「描き続けることは、ひとりサド・マゾの世界だよ!」と教えています。「この楽しみを知ったら、生涯足を洗うことが出来ませんよ!」とも・・・。

描くということ・・! - コラム - No.4